David Grubbs, ホンタテドリ@Hand Saw Press


David Grubbs, ホンタテドリ
日時:2018年4月5日
会場:Hand Saw Press

アメリカ実験音楽が、ルーツを持たないヨーロッパからの移住者たちによる新しい民族音楽であったという視点は、柿沼敏江の『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』に詳しい。そこで挙げられた音楽家は、ヘンリー・カウエルのように民族音楽から着想を得ていた作曲家から、一見すると民族音楽に関わりを持たなそうに見えるジョン・ケージのような作曲家に至るまで幅広い。柿沼が提起する民族音楽という視点は、非西洋音楽としての民族音楽にとどまらず、移住者による新しい伝統の創出という文化論的な問題を含んでいるのだ。

何故デヴィッド・グラッブスのコンサートのレヴューを書くにあたってこのような事から書き始めているかといえば、それは、グラッブスのコンサートの直前に、アルヴィン・ルシエのコンサートを二日間通して聴きに行ったことと関係している。アメリカ実験音楽の代表的な作曲家であるルシエと、Gastr Del Solとしての活動以来、カントリーブルースを参照した実験的ポピュラー音楽に取り組んでいるグラッブス。両者の経歴や表現の形式に共通点はないが、両者の存在は、いずれも柿沼が提起した意味での新しい伝統としての「民族音楽」の範疇に収まるだろう。思い返せば、『Happy Days』において、トニー・コンラッド(実験音楽、この場合はミニマルミュージック)とジョン・フェイヒー(カントリーブルース)という二つのキャラクターに仮託して、二つの音楽の相対化を試みたのがジム・オルークであり、それをある種のメタ音楽として展開したのが、オルークとグラッブスのGastr Del Solであった。Gastr Del Solの音楽は、楽曲が複数のレイヤーを持ちながら進行し、複数の聴取を可能とする音楽であったが、この複数の聴取とは、出会わなかった二つの音楽の歴史的な文脈を聴き取るということに等しく、そのコンセプトは、グラッブスの現在の活動にも大きな影響を及ぼしている。グラッブスは、いまも実験的解釈によるカントリーブルースを演奏しているが、それはアメリカ音楽史に対する批評行為なのだといえる(ちなみに前にも書いたが、グラッブスのスタンスに最も近いのは、アカデミック音楽を批判しながらヒルビリー音楽に貢献しようとした作曲家、ヘンリー・フリントだろう)。

このような前提を確認した上で、このエントリーはコンサートの細部に入ってゆく。今回のコンサートは急遽決まったという事で、『湖畔通りの竪琴工房』ならぬ不動前の印刷工房であるHand Saw Pressにて開催された。ちなみに、今回のグラッブスのコンサートは二日間開催されたのだが、グラッブスのコンサート初日は、ルシエのコンサート二日目と重なっており、私はルシエを優先させたので、グラッブスの初日を観られなかった。SNSをチェックする限り、初日の内容はグラッブスと宇波拓とのコラボレーションだったようだ。そして私が観に行った二日目は、1:グラッブスのソロ演奏、2:宇波・佳村萠・秋山徹次をメンバーとするホンタテドリの演奏、3:グラッブスとホンタテドリのコラボレーションという順番で進められた。

まず、グラッブスのソロであるが、Hand Saw Pressは印刷工房なのでライブハウスのようなPAはなく、ギターアンプから直接音が出されていた。音楽を聴くのに適した空間かというと厳しいのだが、演奏者と観客の近さがあるという意味では良かった。私は最前列で演奏を聴いたのだが、フレットを押さえる指の動きがはっきり見える近さだった。その演奏は、2016年の代々木上原ムジカーザでのコンサートと同じく、複数の曲を繋げるようにして緩やかに進行してゆく。当日のメモと、後日グラッブスのツイッターにメンションを送って戻ってきたメッセージを元にセットリストの分析を試みておくと、以下の通りである。

デヴィッド・グラッブス ソロ演奏
1:Creep Mission(Creep Mission)
2:Skylight(Creep Mission)
3:How To Hear What’s Less Than Meets The Ear(Prismrose)
4:The Bonapartes Of Baltimore(Creep Mission)
5:A View Of The Mesa(The Plain Where The Palace Stood)
6:Abracadabrant(The Plain Where The Palace Stood)
7:Charm Offensive(Dust & Mirrors)
8:Out With The Tide(Ken Vandermark and David Grubbs)
9:The Bonsai Waterfall(Prismrose)

まず、1~4は近年リリースされた『Creep Mission』(2017)、『Prismrose』(2016)から構成されていた。その楽曲群は、Gastr Del Solと同じくカントリーブルース的なギター演奏の内部に異なる文脈のレイヤーを聴取させようとする、極めて豊穣なものであった。
次いで短いブレークを取り、『The Plain Where The Palace Stood』(2013)からセレクトされた5~6が演奏される。これらはドローンアンビエントのような響きを持つ楽曲であり、ブレークを取って1~4の楽曲群と切り離したことは納得がいく。
そして、再び短いブレークを取って7~9が演奏される。特にBelfi/Grubbs/Pilia名義での楽曲である「Charm Offensive」は、テープコラージュのように風景が切り替わってゆく作品なのだが、ここから明るいヴォーカル楽曲である「Out With The Tide」に繋いだのは面白かった。まるで「Out With The Tide」が風景の一部として前の楽曲に取り込まれたようでもあった(ヴォーカル無しのインストゥメンタルとして演奏)。
そしてホンタテドリの演奏を挟んで、グラッブスとホンタテドリのコラボレーションが展開される。

デヴィッド・グラッブス+ホンタテドリ
1:Photographed Laughing(Ken Vandermark and David Grubbs)
2:The Forest Dictation(Failed Celestial Creatures)
3:Learned Astronomer(Prismrose)
4:Cool Side Of The Pillow(Dust & Mirrors)
5:A Boy(これのみホンタテドリの楽曲)

このコラボレーションの持つ意味は、Gastr Del Solに衝撃を受けて、その後のオルークとグラッブスの仕事を追っている方なら想像が付くはずだ。1~4の楽曲は全てヴォーカル曲であるが、今回はそれらが秋山と宇波の即興演奏を伴うことによって解体的に演奏されるのである(佳村はヴォーカルを薄く重ねる役割に回る)。
言うまでもなく、ここで行われていることはGastr Del Solの再演に近い。一つの対象の内部に複数のレイヤーを聴取すること、別の言い方をすれば解体の過程においてレイヤーを露呈させること。それこそがGastr Del Solの核心であったとするならば、この日、ここで行われたことは、そのヴァリエーションであったと言うべきだろう。そして、それはやはりグラッブス一人では完遂できないものなのだ。複数であることは、個人では成し得ない。しかし、秋山と宇波の即興演奏によって、この日の演奏はその地点に到達することができた。このコラボレーションは、Gastr Del Solの核心がなんであったかを確認することができる、全くもって得難いものであったと思う。

付記:上記楽曲のうち「The Forest Dictation」は、このコンサートの時点では未発表であったが、同曲が収録された宇波との共作『Failed Celestial Creatures』は、香港のEmpty Galleryから先日リリースされた。Empty Galleryは、過去に牧野貴や松本俊夫の展覧会を開催している現代美術のコマーシャルギャラリーであるが、即興音楽にも関心を持っており、Empty Editionsという音楽レーベルも運営している。Bandcampでも試聴することができる。

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