あいちトリエンナーレ2019におけるボイコット

8月末〜9月初めに、あいちトリエンナーレを観るために名古屋を訪れた。広く報道されているように、今回のトリエンナーレでは展覧会内企画としての「表現の不自由展・その後」が、電話・ファックスによる抗議・脅迫に起因する「安全管理上の問題」を理由として、8月3日午後に展示中止となる出来事が起こった。そしてこの事態への抗議として出品作家やキュレーターによるステートメント「表現の自由を守る」(http://www.art-it.asia/uncategorized/202352)が発表され、展示中止あるいは展示内容を変更する動きが広がった。そして9月25日に、県が設置した検証委員会の中間報告を受けて「表現の不自由展・その後」の展示再開の方針が示されるが、その翌日になって文化庁が一度採択したトリエンナーレへの補助金の不交付を決定したことで、焦点は国の介入による文化行政の恣意性の問題に移行する。以上の経緯は、トリエンナーレ出品作家によって立ち上げられたプロジェクト「ReFreedom_Aichi」のウェブサイト(http://www.refreedomaichi.net/daily)に詳しい。そして会期終了を一週間後に控えた10月8日、トリエンナーレ側と「表現の不自由展・その後」実行委員会側が和解したことで全展示が再開に至り、10月14日、大きな混乱なくトリエンナーレは閉幕した。ひとまずは本当に良かったと思う。

ところで、私が名古屋を訪れた8月31日〜9月1日のタイミングでは、11名(組)の作家が抗議としての展示中止あるいは展示内容の変更を実施しており、その後、3名の作家がこの動きに加わった。全ての作家の展示が再開された今だから、誰がどのような行動をとったのかを思い出せるように、あの特異な状況をメモとして書きとめておこうと思う。


8月10日

・CIR(調査報道センター)>展示室閉鎖


8月20日

・タニア ブルゲラ>展示室閉鎖



・ピア カミル>バンドTシャツを縫い合わせた巨大な幕の一部を上げて、音楽の再生を中止する



・レジーナ ホセ ガリンド>映像作品の上映を中止し、作品内で使用した装飾品を散乱させる



・クラウディア マルティネス ガライ>展示空間の照明を落として、別室の映像作品の上映を中止する


・ドラ ガルシア>全てのポスター上にステートメントを書いた紙を掲示する


・イム ミヌク>展示室閉鎖


・パク チャンキョン>展示室閉鎖


・ハビエル テジェス>展示室閉鎖



・モニカ メイヤー>これまでの来場者によって記入された回答カードを回収し、未記入の回答カードを破ったうえで展示空間にばら撒く。作品名も『The Clothesline』から『沈黙のClothesline』に変更し、本来の状態を撮影した写真を掲出する



・レニエール レイバ ノボ>新聞紙で全ての平面作品を覆い隠す。ゴミ袋で彫刻の一部を覆い隠す


9月3日
・田中功起>展示の「再設定」によって、展示室内をドア越しに観るという形をとる(ただしアッセンブリー企画の実施時には室内に入場できる)


9月23日
・キャンディス ブレイツ>展示室閉鎖(ただし土日祝のみ公開)


9月27日
・藤井光>映像作品の上映を中止(9月22日のエクステンション企画にて表明)


これだけ多数のボイコットとなると、欠落だらけの状態だったというネガテイブな印象を持たれるかもしれない。しかし観客としてトリエンナーレの各会場を回ってみると、これらの作家の応答から受ける印象は「拒絶」や「否定」といった言葉に回収されるようなものではなく、むしろ「離脱」や「共有」といった言葉に近いものであったことは強調しておきたい。それは、あるべき別の展覧会の姿をボイコットという行為の向こう側に想起させ、他者と共有しようとするものであり、そこには芸術と社会の関係がこの上なく明確な形で露呈していた。また、出品作家である碓井ゆいが「表現の不自由展・その後」出品作家である大橋藍と共に、「表現の自由」の擁護とは異なるジェンダー問題の観点から、“表現の不自由展・その後の中止に対する「ジェンダー平等」としての応答”として署名活動を展開したことも付記しておきたい(http://refreedomaichi.wixsite.com/genderfree)。

続くエントリーでは、いくつかの印象深かった作品についてレヴューしたいと思う。
(10月15日、追記および写真追加)