David Grubbs, ホンタテドリ@Hand Saw Press


David Grubbs, ホンタテドリ
日時:2018年4月5日
会場:Hand Saw Press

アメリカ実験音楽が、ルーツを持たないヨーロッパからの移住者たちによる新しい民族音楽であったという視点は、柿沼敏江の『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』に詳しい。そこで挙げられた音楽家は、ヘンリー・カウエルのように民族音楽から着想を得ていた作曲家から、一見すると民族音楽に関わりを持たなそうに見えるジョン・ケージのような作曲家に至るまで幅広い。柿沼が提起する民族音楽という視点は、非西洋音楽としての民族音楽にとどまらず、移住者による新しい伝統の創出という文化論的な問題を含んでいるのだ。

何故デヴィッド・グラッブスのコンサートのレヴューを書くにあたってこのような事から書き始めているかといえば、それは、グラッブスのコンサートの直前に、アルヴィン・ルシエのコンサートを二日間通して聴きに行ったことと関係している。アメリカ実験音楽の代表的な作曲家であるルシエと、Gastr Del Solとしての活動以来、カントリーブルースを参照した実験的ポピュラー音楽に取り組んでいるグラッブス。両者の経歴や表現の形式に共通点はないが、両者の存在は、いずれも柿沼が提起した意味での新しい伝統としての「民族音楽」の範疇に収まるだろう。思い返せば、『Happy Days』において、トニー・コンラッド(実験音楽、この場合はミニマルミュージック)とジョン・フェイヒー(カントリーブルース)という二つのキャラクターに仮託して、二つの音楽の相対化を試みたのがジム・オルークであり、それをある種のメタ音楽として展開したのが、オルークとグラッブスのGastr Del Solであった。Gastr Del Solの音楽は、楽曲が複数のレイヤーを持ちながら進行し、複数の聴取を可能とする音楽であったが、この複数の聴取とは、出会わなかった二つの音楽の歴史的な文脈を聴き取るということに等しく、そのコンセプトは、グラッブスの現在の活動にも大きな影響を及ぼしている。グラッブスは、いまも実験的解釈によるカントリーブルースを演奏しているが、それはアメリカ音楽史に対する批評行為なのだといえる(ちなみに前にも書いたが、グラッブスのスタンスに最も近いのは、アカデミック音楽を批判しながらヒルビリー音楽に貢献しようとした作曲家、ヘンリー・フリントだろう)。

このような前提を確認した上で、このエントリーはコンサートの細部に入ってゆく。今回のコンサートは急遽決まったという事で、『湖畔通りの竪琴工房』ならぬ不動前の印刷工房であるHand Saw Pressにて開催された。ちなみに、今回のグラッブスのコンサートは二日間開催されたのだが、グラッブスのコンサート初日は、ルシエのコンサート二日目と重なっており、私はルシエを優先させたので、グラッブスの初日を観られなかった。SNSをチェックする限り、初日の内容はグラッブスと宇波拓とのコラボレーションだったようだ。そして私が観に行った二日目は、1:グラッブスのソロ演奏、2:宇波・佳村萠・秋山徹次をメンバーとするホンタテドリの演奏、3:グラッブスとホンタテドリのコラボレーションという順番で進められた。

まず、グラッブスのソロであるが、Hand Saw Pressは印刷工房なのでライブハウスのようなPAはなく、ギターアンプから直接音が出されていた。音楽を聴くのに適した空間かというと厳しいのだが、演奏者と観客の近さがあるという意味では良かった。私は最前列で演奏を聴いたのだが、フレットを押さえる指の動きがはっきり見える近さだった。その演奏は、2016年の代々木上原ムジカーザでのコンサートと同じく、複数の曲を繋げるようにして緩やかに進行してゆく。当日のメモと、後日グラッブスのツイッターにメンションを送って戻ってきたメッセージを元にセットリストの分析を試みておくと、以下の通りである。

デヴィッド・グラッブス ソロ演奏
1:Creep Mission(Creep Mission)
2:Skylight(Creep Mission)
3:How To Hear What’s Less Than Meets The Ear(Prismrose)
4:The Bonapartes Of Baltimore(Creep Mission)
5:A View Of The Mesa(The Plain Where The Palace Stood)
6:Abracadabrant(The Plain Where The Palace Stood)
7:Charm Offensive(Dust & Mirrors)
8:Out With The Tide(Ken Vandermark and David Grubbs)
9:The Bonsai Waterfall(Prismrose)

まず、1~4は近年リリースされた『Creep Mission』(2017)、『Prismrose』(2016)から構成されていた。その楽曲群は、Gastr Del Solと同じくカントリーブルース的なギター演奏の内部に異なる文脈のレイヤーを聴取させようとする、極めて豊穣なものであった。
次いで短いブレークを取り、『The Plain Where The Palace Stood』(2013)からセレクトされた5~6が演奏される。これらはドローンアンビエントのような響きを持つ楽曲であり、ブレークを取って1~4の楽曲群と切り離したことは納得がいく。
そして、再び短いブレークを取って7~9が演奏される。特にBelfi/Grubbs/Pilia名義での楽曲である「Charm Offensive」は、テープコラージュのように風景が切り替わってゆく作品なのだが、ここから明るいヴォーカル楽曲である「Out With The Tide」に繋いだのは面白かった。まるで「Out With The Tide」が風景の一部として前の楽曲に取り込まれたようでもあった(ヴォーカル無しのインストゥメンタルとして演奏)。
そしてホンタテドリの演奏を挟んで、グラッブスとホンタテドリのコラボレーションが展開される。

デヴィッド・グラッブス+ホンタテドリ
1:Photographed Laughing(Ken Vandermark and David Grubbs)
2:The Forest Dictation(Failed Celestial Creatures)
3:Learned Astronomer(Prismrose)
4:Cool Side Of The Pillow(Dust & Mirrors)
5:A Boy(これのみホンタテドリの楽曲)

このコラボレーションの持つ意味は、Gastr Del Solに衝撃を受けて、その後のオルークとグラッブスの仕事を追っている方なら想像が付くはずだ。1~4の楽曲は全てヴォーカル曲であるが、今回はそれらが秋山と宇波の即興演奏を伴うことによって解体的に演奏されるのである(佳村はヴォーカルを薄く重ねる役割に回る)。
言うまでもなく、ここで行われていることはGastr Del Solの再演に近い。一つの対象の内部に複数のレイヤーを聴取すること、別の言い方をすれば解体の過程においてレイヤーを露呈させること。それこそがGastr Del Solの核心であったとするならば、この日、ここで行われたことは、そのヴァリエーションであったと言うべきだろう。そして、それはやはりグラッブス一人では完遂できないものなのだ。複数であることは、個人では成し得ない。しかし、秋山と宇波の即興演奏によって、この日の演奏はその地点に到達することができた。このコラボレーションは、Gastr Del Solの核心がなんであったかを確認することができる、全くもって得難いものであったと思う。

付記:上記楽曲のうち「The Forest Dictation」は、このコンサートの時点では未発表であったが、同曲が収録された宇波との共作『Failed Celestial Creatures』は、香港のEmpty Galleryから先日リリースされた。Empty Galleryは、過去に牧野貴や松本俊夫の展覧会を開催している現代美術のコマーシャルギャラリーであるが、即興音楽にも関心を持っており、Empty Editionsという音楽レーベルも運営している。Bandcampでも試聴することができる。

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Alvin Lucier & Ever Present Orchestra@Super Deluxe

Alvin Lucier & Ever Present Orchestra
日時:2018年4月3〜4日
会場:六本木Super Deluxe

アルヴィン・ルシエが、自身の作品を演奏するエヴァー・プレゼント・オーケストラと共に四月上旬に来日して、京都・東京にてコンサートを行った。ルシエはアメリカ実験音楽の中心的な作曲家であり、デヴィッド・バーマン、ロバート・アシュリー、ゴードン・ムンマとのソニック・アーツ・ユニオンの活動などを通して電子音楽の歴史に大きな足跡を残してきた。ルシエの作品には音に関する現象を観測するという、マテリアリスト的な傾向があり、それはインスタレーション作品を含めて、この作家の個性になっている。それは現象として立ち現れるため、ある意味分かり易いものであり、現代音楽という括りを超えて幅広い聴衆に共有され得るものだと思う。私は、六本木Super Deluxeでのコンサートを両日観に行ったのだが、今回の招聘元はいわゆるアカデミックな現代音楽の関係ではないようで、京都では西部講堂でコンサートが行われたらしい。良い広がり方だと思う。ちなみに、高齢のため今回が最後の来日となるそうだ。



Day1(4月3日)
1:Ricochet Lady(2016)
会場である地下空間の壁際の角にグロッケンシュピールが置かれており、演奏家は観客に背を向けて、機械のように正確な演奏を繰り広げる。楽曲自体はクロマティック・パターンを反復するという単純なものだが、連打される金属音が空間のなかで強烈な反響を発生させる。

2:Braid(2012)
4人のギター奏者がテーブルにエレキギターを置き、E-bow(電気振動により持続音を発生させる、エレキギター用の道具)を使用することによって、持続音を発生させる。ここに3名の管楽器奏者による、引き伸ばされたストロークの持続音が加わる。それによって周波数の干渉が至る所で発生する。今回の公演で演奏されたルシエの近年の作品は、基本的にこのような周波数の干渉によるうねりを聴き取るものであった。ちなみに、一昨年同じ会場で聴いたジェームス・テニーの作品もまた、周波数の干渉をテーマとするものだった。この両者を比べると、テニー作品の演奏はかなり厳格で、全ての楽器奏者がチューナーを見ながら周波数を制御していたのに対して、ルシエ作品の演奏はギター奏者のみがチューナーを使用して周波数を制御しており、管弦楽器に関しては、人為的な揺らぎを許容しているようにみえた。ピアノ奏者も演奏していたが、微音でよく分からず。

3:Two Circles(2012)
4人のギター奏者がテーブルにエレキギターを置き、E-bowを使用することによって、持続音を発生させる。これに、1本のサックスと2本のヴァイオリンという編成の、ふたつのグループが加わる。このふたつのグループの演奏家たちは、それぞれが違う長さ(10分30秒、7分31秒)で音程を循環させる。それによって、ダイナミックな周波数のうねりが生まれる。ピアノ奏者も演奏していたが、微音でよく分からず。

4:Semicircle(2017)
グロッケンシュピール以外の全演奏者(ヴァイオリン4本、管楽器3本、E-bow&エレキギター4本、ピアノ)が登場し、秒刻みで打たれるピアノの単音によって誘導されながら、緩やかな持続音を重ね合わせる。18分に及ぶ楽曲の中で、豊かな周波数の干渉が生み出される。

5:Bird and Person Dyning(1975)
近作で構成された前半に対して、休憩を挟んでの後半は、ルシエの代表的な電子音楽作品の再演である。この日の演目である『Bird and Person Dyning』は、イタリアの個性派レーベルであるCramps Recordsの現代音楽シリーズnova musichaからリリースされた作品であり、ノイズ/インダストリアルの先駆的作品だといえる。ノイズの文脈では、フィードバックノイズとアジテーションの混成によるスタイルはパワーエレクトロニクスと呼ばれるのだが、そのなかでも、単調な電子音に金切り声を混ぜ合わせたWhitehouseの表現形式などは、本作から相当影響を受けているだろうと想像する。
さて本作の構造だが、まず鳥の声によく似た電子音が、会場中央に立てられたマイクスタンド上の小さなスピーカー(上記写真の金色の球体)から流される。そして、バイノーラルヘッドホンマイクを身につけたルシエ本人が会場を移動して、会場のメインスピーカーからフィードバックノイズを発生させる。バイノーラルヘッドホンマイクとは、両耳の部分にマイクを取り付けた機材で、臨場感ある録音を可能とする(イヤホンも内蔵されており、着用者は録音しているサウンドのモニターもできるようだ)。このマイクには指向性があるので、メインスピーカーのフィードバックは、デリケートかつダイナミックな変化を持つものとなる。そして、この強烈なフィードバックノイズが鳥の声との間でヘテロダインを引き起こして、幽霊のような鳥の声を発生させる。ルシエは高齢のため杖をついていたのだが、会場後方から前方までの数メートルの距離をゆっくりと歩いて、幽霊のような鳥の声が発現する場所を探していた。強烈に刺激的で、非日常的な体験だった。



Day2(4月4日)
1:Criss-Cross(2013)
向かい合ったギター奏者2人(うち一人はオレン・アンバーチ)が、E-bowを使用することによって、テーブルに置かれたエレキギターから持続音を発生させる。2人は演奏をするというよりも、周波数を制御することに徹しており、チューナーを注視しながら、時折ペグを回して微調整を行う。そして二つの持続音は干渉を引き起こしながらもつれ合う。もともとは、オレン・アンバーチとステファン・オマリーのために作曲された作品らしい。

2:Hanover(2015)
4人のギター奏者が、E-bowを使用することによって、テーブルに置かれたエレキギターから上昇/下降する持続音を発生させる。そして、ピアノ奏者が点描のように音を置いてゆくなか、ヴァイオリン3本と管楽器2本、弓弾きによるグロッケンシュピールが緩やかな持続音を奏で、周波数の干渉を引き起こす。

3:Tilted Arc(2018)
全演奏者(ヴァイオリン5本、管楽器2本、E-bow&エレキギター4本、ピアノ、弓弾きによるグロッケンシュピール)による大編成の作品。まずグロッケンシュピールの弓弾きと、ヴァイオリンによる持続音が奏でられる。そして各楽器奏者がこれに加わり、緊張感のある空間のなかで周波数の干渉が現れては消えてゆく。音数が多いので、この方向の集大成といった感じで圧巻だった。

4:I Am Sitting in a Room(1969)
この日も後半は、ルシエの代表的な電子音楽作品の再演である。この日の演目である『I Am Sitting in a Room』は、空間の音響特性を取り込んだコンセプチュアルな作品である。まず、椅子に腰掛けてマイクに向かったルシエは、自らの著書『Chambers』の一節を読み上げる。この音声は、その場で繰り返し録音され、繰り返し再生されてゆく。この再録音のプロセスの中で、オリジナルの音声は空間の影響を受けながら、最終的に滑らかな波形を持った持続音に還元される。よく知られた作品であるが、実際に演奏を聴いてみると、音声の平滑化が3回目の再録音のあたりで顕著に表れていたのが意外だった(それが、この会場の特性なのかどうかは分からないが)。また、途中でルシエが咳払いをしてしまい、それも包括しながら波形が平滑化されてゆくというアクシデントもあった。この作品によく似合う出来事だったといえるだろう。

追記:今回のコンサートは、ルシエの集大成となる4LP+CDボックス『Illuminated by the Moon』のリリースに合わせたものでもある。ボックスは下記にて購入可能。なお購入者は、シリアルナンバーをレーベルに伝えることで、4LPのオーディオファイルをダウンロードすることができる。
http://www.zhdk.ch/en/lucier

「小杉武久 音楽のピクニック」@芦屋市立美術博物館

「小杉武久 音楽のピクニック」
会場:芦屋市立美術博物館
会期:2017年12月9日 ~2018年2月12日
http://ashiya-museum.jp/exhibition/exhibition_new/11161.html

芦屋市立美術博物館にて、音楽家・小杉武久の展覧会「小杉武久 音楽のピクニック」が開催されている。芦屋市立美術博物館は「小杉武久 音の世界『新しい夏』」を1996年に開催した、小杉とは所縁のある美術博物館であり、他にも「刀根康尚 パフォーマンス&トーク」(2001年)や「美術と音楽の一日『rooms』」(2016年)など、稀にではあるが実験的な音楽に関わるイベントを開催していることでも知られる。

さて、小杉は作曲家であると同時に、即興演奏やサウンドアートに取り組み、音楽の概念(あるいは音を聴くことの枠組み)を拡張してきた、戦後日本音楽における重要人物である。しかしながら、小杉は、その音楽に対する独特な態度によって、これまで現代音楽や即興音楽、そして現代美術のシーンからも微妙に距離を取って批評されてきたと思う。よって、長年の創作活動が全体的に提示されるのは、今回が初であると言い切ってしまっていいだろう。本展覧会は、会場を5つの章によって区切ることで構成されている。各章の年代とタイトルは以下の通り。

第1章 グループ・音楽から反音楽へ(1957~1965年)
第2章 フルクサスからインターメディアへ(1965年~1969年)
第3章 タージ・マハル旅行団(1969~1977年)
第4章 マース・カニングハム舞踊団(1977年~)
第5章 サウンド・インスタレーション

これらの展示は小杉の活動歴を、アーカイブ資料を中心として極めてクリアに浮かび上がらせる。ここで興味深いのは、本展の展示方法のなかに(この手の展覧会にありがちな)音楽をヘッドホンで聴かせるような仕掛けが一切なく、これまで出版されてきた小杉のレコード・カセット・CDの紹介すらも極一部にとどめられていたことであろう。小杉は作曲の名において音を固定し、資産化することに反対してきたが、そのような厳しい態度はここでも一貫している。

ともあれ、私は第1章から第4章までのアーカイブ資料の展示を通して見ることで、小杉の活動の全体像を、初めて包括的に考えることができた。第1章では、東京藝術大学在学中にジャズではなく現代音楽の文脈上で、それを乗り越えるべく結成された即興演奏グループである「グループ・音楽」の活動に始まり、ネオダダやハイレッド・センター、VAN映画科学研究所などに集った、反芸術を標榜する作家たちとの活動の数々が紹介される。第2章では、1965年にフルクサスのジョージ・マチューナスの招聘を受けて渡米し、1967年に帰国するまでの期間に展開された、ナムジュン・パイクを初めとするニューヨークの前衛たちとの活動が紹介される。実験映画の文脈から見れば、エクスパンデッド・シネマの重要な催しであった「New Cinema Festival」において、小杉が『Film & Film #4』を上演していたことは見落とすべきではないだろう。第3章では、1969年から1977年にかけて活動した、様々な場所で長時間の即興演奏を行なうグループである「タージ・マハル旅行団」が紹介される。第4章では、1977年より始まるマース・カニングハム舞踊団の専属音楽家としての仕事を軸に、サウンド・インスタレーション(オーディオ・ヴィジュアル作品)を含む、今日に至るまでの活動が紹介される。そして第5章では、小杉のオーディオ・ヴィジュアル作品の実物が、館内のホールや通路階段に、計10点展示される。これらの作品は、光や風などの周辺環境の変化を音に変換して可聴化する作品であり、小杉の即興演奏に通底するコンセプトを備えている。

次に感想として、二つのことを述べたい。

1:まず、こうして小杉の活動歴を振り返ったとき、私はこれまで気にならなかった「タージ・マハル旅行団」の活動に、若干の違和感を覚えた。これは、1960年代の反芸術・反音楽の渦中にいた時期の小杉の仕事と、渡米後のフルクサス周辺での仕事と、再渡米後のカニングハム舞踊団での仕事には、一貫したコンセプトあるように思えるが、「タージ・マハル旅行団」だけが、小杉の活動歴のなかで異質なものに見えたということである。ただし、この言い方ではまだ正確さを欠く。川崎弘二氏との個人的な雑談の中で指摘されたことをヒントとして、より正確に言うならばこうだ。「タージ・マハル旅行団」は時期によって演奏が変化するので、「タージ・マハル旅行団」が世界各国での旅を終えて帰国してから、解散に至るまでの後期が異質なものに見えた、ということである。初期の「タージ・マハル旅行団」の演奏からは、偶然生まれた微細な音が寄り集まり、長い時間をかけて変化していくような印象を受ける(『Live In Stockholm 1971』)。それに対して後期の「タージ・マハル旅行団」の演奏からは、ジャーマンロック的というか、民族音楽的なサイケデリック音楽の方向に自らを縛っているような印象を受ける(『July 15, 1972』『August 1974』)。このような「タージ・マハル旅行団」の変化は、時代精神の反映だったのかもしれないが、音の自発性を追求する小杉本来の思想とは、乖離していったのではないかと思う。そこで小杉は、この状況を打破すべく、カニングハム舞踊団の専属音楽家に就任することを選択したのだろう。カニングハム舞踊団での小杉の演奏は、それ以前よりも、より厳格に音の自発性を追求する方向に進んだように思える。私が小杉の仕事に触れたのは1990年代中頃だったが、その時点の私にとって小杉は、極めて厳格な音への態度によって、ポピュラー音楽からも主流の現代音楽からも隔絶した孤高の存在として映った。

2:唐突だが、私は昔から、即興演奏よりもテープ音楽に強く惹かれてしまう。これは要するに、編集によって作られたものに強い関心を示しているということである。自分が映画・映像を専門としていることも関係しているのだろう。私は、編集とは時間と空間を再編成することによって、聴取者の知覚に作用し、意識における単線的な時間のあり方や認識を、不確定な方向へ向かわせるものだと考える。そして、またしても川崎氏との個人的な雑談の中で指摘されたことをヒントとして、話を小杉に結びつけるならこうだ。小杉にとっての即興演奏とは、著書『音楽のピクニック』に所収の、ジョン・ハダックや高橋悠治との対談などで語られているように、単線的な時間の流れを無効化して、不定形な空間のなかで音の自発性を生起させるものであったが、単線的な時間や空間のあり方に対立するという意味において、即興も編集も最終的には一致するのかもしれない。取り留めのない感想だが、そのようなことをふと思った。そうであれば、私が小杉の仕事に惹かれ続けてきたことも説明が付くだろう。(そのような編集による音楽に取り組んでいる音楽家として、かつて小杉ともカニングハム舞踊団で協働したジム・オルークの名前を挙げておきたい。)

このように、「小杉武久 音楽のピクニック」は小杉の活動を全体的に回顧し、新たな思考を準備する、素晴らしい展覧会だった。なお展覧会に合わせて、川崎氏のengine booksからは、『音楽のピクニック新装版』『Instruction Works』『小杉武久の映像と音楽』という三冊の本が出版されているので、資料価値の高い展覧会カタログと共に、可能であれば全部入手していただきたいと思う。詳細は下記を参照のこと。
http://kojiks.sakura.ne.jp/kosugi.html

最後になるが、今回の展覧会では小杉作品のコンサートなどは開催されない。さすがにご高齢ということもあるのだろう、2016年のあいちトリエンナーレで催されたコンサート「MUSIC EXPANDED #1」「MUSIC EXPANDED #2」が現在のところ最後の機会となっている(こちらのレヴューを参照のこと)。ファンの個人的な意見としては、小杉の作品は本人の身体性と結びついたものであると思うので、他の演奏家によるリアライズは不本意なのかもしれないが、それでもなお、小杉の作品を未来の聴衆に届ける方法を考えていただければと思う。


付記:今回の展覧会では、小杉作品のコンサートが開催されない代わりに、「小杉武久演奏記録」とカニングハム舞踊団の映像が上映される。さらに、小杉が音楽を担当した映画・映像作品も「現代美術とのかかわり」「PR映画・記録映画・科学映画」として上映される。私も先述の『小杉武久の映像と音楽』に解説を寄稿したが、松川八洲雄・北村皆雄・康浩郎の作品などは、これまで見落とされてきた作品なので、この機会に是非観ていただきたいと思う。いずれも作家性が強く、演出もアヴァンギャルドで、松本俊夫が言うところの前衛記録映画と形容するほかない作品です。詳細は下記を参照のこと。
芦屋市立美術博物館 特別展「小杉武久 音楽のピクニック」 上映会(PDF)

2018年1月27日(土)
プログラム1「小杉武久演奏記録」
「朝日ニュース これが音楽だ!」(1961)
「Spectra(video version)」(1992)
「音の世界 新しい夏 芦屋市立美術博物館」(1996)
「二つのコンサート 国立国際美術館」(2009)

2018年1月28日(日)
プログラム2「現代美術とのかかわり」
城之内元晴「ハイレッド・センター シェルター・プラン」(1964)
城之内元晴「Wols」(1964/70s)
中谷芙二子「卵を立てる」(1974)※抜粋
池田龍雄「梵天」(1974)
島袋道浩「小杉武久さんと能登の桶滝に行く」(2013)
島袋道浩「小杉武久さんと能登の見附島に行く」(2013)

2018年2月10日(土)
プログラム3「PR映画・記録映画・科学映画」
松川八洲雄「ある建築空間」(1964)
北村皆雄「神屋原の馬」(1969)
康浩郎「オープン・スペースを求めて」(1970)
杉山正美「脳と潰瘍」(1971)
杉山正美「スキンカラー」(1974)

2018年2月11日(日)
プログラム4「マース・カニングハム舞踊団」
「スクエアゲーム・ビデオ」(1976)
「ローカル」(1980)
「チェンジング・ステップス」(1989)
「パーク・アベニュー・アーモリー・イベント」(2011)

Trap/HipHop MV 2017

今年は趣向を変えて、2017年にリリースされたトラップ/ピップホップで、よく聴いたもの、印象に残ったものを10点ピックアップ。ヒップホップに関しては、ここ2〜3年の典型的な文脈から逸脱したようなスタイルの流行に関心を持っていて、前にも増して聴くようになった。勿論、ノイズや現代音楽も相変わらず聴いているが、絶対量は減った。恐らく、自分の意識の中で、音楽の位置付けが少し変わったということもあるのだろう(それは消費するという感覚に近い)。以下の並びを見れば、自分の嗜好が、パンクの要素が若干入ったようなエモーショナルなトラップにあることは一目瞭然かと。

kiLLa – SHINE (Prod. No Flower)

YDIZZY – Dream Rain (Prod. KM)

YDIZZY – OMW (Prod. Chaki Zulu)

MONYPETZJNKMN – WHOUARE feat. Awich (Prod. Chaki Zulu)

MONYPETZJNKMN – UP IN SMOKE (Prod. Chaki Zulu)

kZm – Midnight Suicide feat. Awich (Prod. Mitch Mitchelson & Chaki Zulu)

kZm – Emotion (Prod. hnrk)

Gab3 – True Religion (Prod. Tripi Hendrix)

Gab3 – Hollywood Dreaming ft Lil Peep

Lil Peep & Lil Tracy – WitchBlades

簡単に概説しておくと、kiLLaは元々YENTOWNに属していた20歳前後の若いクルーで、昨年の秋にYENTOWNから集団で離脱した。ラッパーは現在のところ、YDIZZY、KEPHA、ARJUNA、BLAISEの4人。パンクスのようなファッションや、観客にモッシュを要求するパフォーマンスなど、トラップ以降に表れた典型的な文脈から逸脱する動きを、国内において体現しているクルーだといえる。面白いのは、メンバーのソロではエモーショナルな要素が前面に出てくるところで、例えばYDIZZYのソロやミックステープでそれは顕著だろう。
MONYPETZJNKMNは、YENTOWNに属するラッパー3人によるユニットで、MonyHorse、PETZ、JNKMNから成る。彼らは比較的固い韻を踏むのだが、リラックスしたフロウに、一歩引いて力を抜くというルーツレゲエ的な姿勢を感じさせる所があり面白い。ちょっと違うがフィッシュマンズや、シンガーがいた頃のDRY&HEAVYを思い出したりもする(過去に観たライブのイントロでは、Bob Marleyの『Concrete Jungle』を流していた)。YENTOWNは、この3人に加えてkZmや、今年から合流した沖縄出身の女性ラッパーAwich、そしてChaki Zuluをはじめとした複数のビートメイカーやDJを擁するクルーである。kZmは、kiLLaのメンバーだったがYENTOWNに残ったラッパーで、トラップのビートに乗せて、不穏で内省的なラップを聴かせる。海外でいえばBonesなどに近いといえ、既存のフォームからの距離感が絶妙だと思う。ちなみにYENTOWNとkiLLaは袂を分かったとはいえ、Chaki Zuluが双方をプロデュースしたり、kiLLaのリリースパーティーにPETZとkZmがゲスト参加したりと、完全に切れた訳ではないようだ。
Gab3(Uzi)は、西海岸のラッパーで、ここまで来るとエモーショナルなオルタナティヴロックといった趣だが、これをヒップホップにおける内部的な異化として捉えると、途端に、凄く批評的なラッパーなのではないかと思えてくる。ちなみにGab3は、MONYPETZJNKMNの『Zutto』のリミックスもやっているほか、2016年にはYENTOWNの面々とMVも作っている。
Gab3 – Know Me

そのGab3と一緒に曲もやっており、エモーショナルなトラップの代表格であった、GOTHBOICLIQUEに属するLil Peepは、つい先日、薬物摂取で亡くなったことが報じられた。

この一年の牧野貴の活動について

本日より、関西での上映ツアーが始まるとのことで、この一年の牧野貴の主な活動について私の知る限りで記しておきたい。

3月10日〜11日には、東京都庭園美術館にて「IGNITTION BOX 2016/2017」として『ENDLESS CINEMA』のパフォーマンス上映が行われた。これは私も両日観に行った。両日ともに、インスタレーション版の『ENDLESS CINEMA』(2017)を半日にわたってループ上映し、次に近作である『On Generation and Corruption』(2016)と『Picture From Darkness』(2017)の上映を挟んで、パフォーマンス版の『ENDLESS CINEMA』を牧野貴本人(10日)とジム・オルーク(11日)のライブ演奏によって上演するというものだった。

・『On Generation and Corruption』(Digital, 26min, 2016|音楽:ジム・オルーク)
液体の中を流動する塵を主なモチーフとした作品。牧野作品らしい、イメージを生成する抽象性を備えながらも、部分的に物質性がそのまま残されている(原形となる物質の形象が保たれている)ところが面白い。ジム・オルークによる電子音の点描によるサウンドトラックも、これまでの彼の音楽にはあまりなかったアプローチである。



・『Picture From Darkness』(Digital, 37min, 2017|音楽:サイモン・フィッシャー・ターナー)
サイモン・フィッシャー・ターナーがサウンドトラックを担当した、デレク・ジャーマンの『BLUE』(1993)の後に上映することを前提とした作品らしい。『BLUE』は青一色のフレームによるフィルム作品であるが、ターナーのサウンドトラックに触発されて、観客は意識のなかで青一色のフレームを映画として形成する。そして本作もまた、その意識の運動を引き継ぐことになる。



・『ENDLESS CINEMA』(2017|音楽:ジム・オルーク)
本作は、3台のプロジェクターを使用した映像インスタレーションであり、各プロジェクションの持続時間が異なることにより、ランダムなイメージの重なり合いが常態的に生み出される映画である。左・中央・右スクリーンのイメージは、牧野の過去作品である『World』『No is E』『Still in Cosmos』に、それぞれが類似している。パフォーマンス版の上映では、牧野あるいはジムによるライブ演奏に合わせて3つのプロジェクションが合体し、3つのレイヤーを内包した単一のスクリーンとなる。私はこのパフォーマンス版を観て、マイケル・スノウの『←→』(1969)のエピローグパートを連想した。観客は各レイヤーの重なり合いにおいて、頭の中にある単体のプロジェクションの記憶を呼び起こしながら、眼前の重層化したレイヤーに向き合うことになるのだ。この分裂性は極めてスリリングなものだった。

ちなみに、これら3作品は全てサウンドトラックが単独リリースされており、『Picture From Darkness』についてはLP版もリリースされている。





続いて、サンフランシスコにて10月11日〜15日の期間で開催された「RECOMBINANT festival 2017」では、会場の壁全面に、映像を360度で投影する『Memento Stella Cinechmber』(2017)が上映された。この試みは、一見すると、これまでの映画史のなかで試みられてきたエクスパンデッドシネマの範疇に収まるものにみえなくもないが、実際に観たうえで『ENDLESS CINEMA』からの展開において検討する必要があるだろう。これまでの牧野作品におけるスクリーンの単一性と、その内部でレイヤーとして折り重ねられた複数性が、マルチプロジェクションによる複数性と同一視できるものなのか。それとも異なるものなのかという点において。

そして、これらの活動が、大阪シネ・ヌーヴォ(11月5日〜10日)とクローバーホール(11月7日)での「EXP」と、原美術館での「+ Peter Burr」(11月11日)につながる訳です。お時間のある方は是非。

「TONY CONRAD: COMPLETELY IN THE PRESENT」@ Super Delux

2016年11月20日、タイラー・バビー監督によるトニー・コンラッドのドキュメンタリー映画『トニー・コンラッド:完全なる今』が、日本国内で初上映されるということで、六本木Super Deluxに観に行った。今回のイベントは、ライブハウスでの一回きりの開催ということで、ジム・オルークによる「トニー・コンラッドに捧げるライブ」と、『Flicker』の上映に合わせた「フリッカー with 灰野敬二」としてのライブも行われる。2016年4月に亡くなったコンラッドへの追悼イベントといった趣である。当日のプログラムは、オルークのライブ、本編上映、『Flicker』上映+灰野のライブという順番で進んだのだが、ここでは、まず最初に『トニー・コンラッド:完全なる今』についてレヴューしたい。当日のメモを元に、後日細かい情報や制作年を調べなおしたものなので、一部映画との食い違いがあるかもしれない。その点留意して読んでください。


『トニー・コンラッド:完全なる今(TONY CONRAD: COMPLETELY IN THE PRESENT)』(Digital, 95min, 2016 http://www.tonyconradmovie.com

トニー・コンラッド:完全なる今 (日本語字幕版)プレビュー from UPTapes on Vimeo.

・2006年、かつて住んでいたアパートの前で、フィールドレコーディングを行う様子。1996年、「Tabel of the Elements FESTIVAL Vol.2 YTTRIUM」でのコンサート映像。これらを導入としてタイトルへ

・1963〜1965年頃、大学時代にコンピュータを学ぶ。資本主義に組み込まれないために、最低限の貧しい生活をしする。バークレーでラ・モンテ=ヤングに出会い、永久音楽劇場のセッションに参加する(メンバーはヤング、コンラッド、ジョン・ケール、マリアン・ザジーラ、アンガス・マクリース)。コンラッドはヴァイオリンにマイクを取り付けて演奏することを発明する。それによってヤングはサックスではなく、自らの声を楽器として使用するようになる。しかし、永久音楽劇場のセッションを録音したテープを、ヤングが独占してしまう。それによって、コンラッド、ケール達はテープを聴くことすらできず、ヤングとの間に確執が生まれる
・(アメリカの実験音楽レーベル「Tabel of the Elements」のオーナーであるジェフ・ハントが、学生時代にVelvet Undergroundについて書かれた『up-tight』を読み込んでいたという逸話から繋げて)ある日、プロデューサーがやってルー・リードに引き合わされ、Primitivesというロックバンドを即席で組むことになる。コンラッドとケールはギターとベースを渡され、踊る観客の前でロックを演奏した。ちなみに、ドラムはウォルター・デ・マリア。リードは演奏を上手くこなした。まるで詐欺のような気分。そして、ケールがロックの方向へ進み、バンドはVelvet Undergroundになる。まさか、ケールがロックをやるようになるとは思わなかった。そんなことで時間を無駄にするなんて、前衛音楽をやっているのに
・自分は音楽から作曲を取り除きたかった。音楽から離れて、実験映画のシーンに関わるようになる。そしてジャック・スミスの『燃え上がる生物』(1963)のサウンドトラックを制作する。ある日、マリオ・モンテスにレンズのないプロジェクターの光を当ててみたら、面白い効果が得られた。学生時代にストロボ効果の本を読んでいた。そこでパターン配列をフィルムに起こしてコピーライトを取ることにした。『Flicker』(1965)を制作
・ロン・ライスの『Chumlum』(1964)に、ビバリー・グラントがサウンドトラックで参加していた。彼女はスミスの『Normal Love』(1963)にも出演していた。コンラッドとグラントは結婚する。2人でストライプパターンによるフリッカーを起こす『Straight and Narrow』(1970)を制作。この作品のサウンドトラックは、テリー・ライリー&ケールの『Church of Anthrax』(1971)。また、50年かけてペンキの色が変化する「映画作品」として『Yellow Movies』シリーズ(1973〜)を制作
・1969年、シャルルマーニュ・パレスタインは、MoMAの横にある教会(セント・トマス教会?)で鐘を鳴らす仕事をしていた。その鐘の音を聴いたコンラッドは、パレスタインを訪ねて「カリヨンを録音させてくれ」と言ってきた
・コンラッド、スミス、ヘンリー・フリントによるパフォーマンス的なデモ活動のエピソード

・1970年代に入り、オルブライト大学やアンティオーク大学で教員の職につく。アナーキーな講義風景
・フィルムを加工(料理)する作品群を制作する。フィルムを酢漬けにする『Pickled Film』(1974)、フィルムをすき焼きにしてスクリーンに投げつける『7360 Sukiyaki』(1973)など。フィルムをリアルタイムで現像して入れ子状に上映する『Film Feedback』(1974)も、この時期に制作
・サンディエゴ大学でスーパー8を手にして、軍隊をテーマにしたチープな劇作品『Beholden to Victory』(1980)を、トニー・アウスラー、マイク・ケリーと共に制作。ジャンク映画を作りたかった。作品を上映すると、過去の自分の音楽と映画のファンは帰っていた
・バッファロー大学で教員(メディア学?)となる。本人がパフォーマンスする『Your Friend』(1982〜1985)、『In Line』(1986)を制作。テレビのメディア性に着目し、通話によって地域の子供に宿題を教えるビデオ作品『Homework Helpline』(1993〜1997)を制作。メディア批判とメディアアクセスへの介入を意図して、ビデオで人々にインタビューする『Studio of the Streets』(1991〜1993)を制作
・監獄をテーマとする「監獄映画」の制作を思いつき、屋根裏に監獄のセットを作る。囚人としてケリー、アウスラーが出演。16mmで撮影を開始するが、中断。いずれ再開することを目論み、セットをそのまま残しておく。やがてビデオの性能がフィルムと同等になったので制作を再開するが、ケリーが自殺。これ以上制作できなくなる
・バッファロー大学に勤めている時期は辛かった。グラントと離婚し、テッド(息子)はグラントが養育。しかし、グラントが1980年代終わりに病死。テレビモニターを通して息子と話すビデオ作品を制作。息子との仲が修復される。(その後、コンラッドは再婚している)
・コルクボードに汚れた老人用下着を貼り付けた造形作品を制作する様子。皆に呆れられる

・時間は戻り、ヴァイオリンを手にしてドイツに渡って『Outside the Dream Syndicate』(1972)を、クラウトロック集団であるFaustと共に録音したエピソードについて。ヤングから離れたかった
・1993年に「Tabel of the Elements」のハントが、コンラッドの勤務校に電話をかけて来て、『Outside the Dream Syndicate』の再発を打診する。同年、再発CDと、未発表音源を収録した7インチをリリース。1994年、「Tabel of the Elements FESTIVAL Vol.1 MANGANESE」にてコンラッドとFaustのリユニオン・コンサートも行う。このフェスティバルには、灰野敬二やAMM、サーストン・ムーア、オルークも参加
・1964年12月に録音していた音源をハントに送ったところ、『Four Violins』(1996)としてリリースされる。ビブラートは使わない。指を奇妙なポイントに置き、ハーモニクスを起こす
・ヤングは相変わらずテープの権利を独占していた。そこで、過去の形式によって作品をもう一度作り直す『Early Minimalism Volume One』(1997)を制作する。1994〜1996年の期間に録音されたもので、レコーディングエンジニアはオルーク。楽譜のない音楽を目指す
・ハントは、レコーディングエンジニアとしてスティーブ・アルビニを起用することによって、コンラッドの音楽に再びロックの文脈を与えようとする。そうして、『Slapping Pythagoras』(1995)を制作。ギターを弓で弾くことによる強いハーモニクス。オルークとデヴィッド・グラッブスも参加
・再び「Tabel of the Elements FESTIVAL Vol.2 YTTRIUM」でのコンサート映像。60Hzのハムノイズが出るアンプを使って演奏。オルークとグラッブスもGastr Del Solとして、このコンサートで共演したが、オルークは草刈機を演奏するように命じられた
・再び、ヤングとの確執について。ヤングは永久音楽劇場の音源のリリースは認めたが、著作権は自分にあると主張した。作曲者不在の音楽を作りたかったのに。そこで、バッファロー大学にヤングが講演に来た時に抗議デモを行った。すると、不思議なことにオルークが、どこからともなく永久音楽劇場の音源を入手してきた。それを『Inside The Dream Syndicate Volume I: Day Of Niagara (1965)』(2000)としてリリースした。その後もヤングとの論争は続いた
・刑務所のセットと音声によるインスタレーション、『Women In Prison』(2013)の様子。囚人を通常の時間感覚の外側から見つめる。そのほか、サウンドオブジェ作品の展示風景など。恐らくGREENE NAFTALIにおける個展の際に撮影されたもの
・横断歩道で車を指揮するコンラッドの様子。エンディングクレジット

以上、日本では紹介されて来なかった1980年代のコンラッドの活動も含めて、彼の生涯を俯瞰する、良くまとまったドキュメンタリー映画だった。私も知らなかったエピソードがいくつもあり、大変興味深く観た。編集としても、『Outside the Dream Syndicate』の再発以降の音楽活動を最後に持って来たのは、綺麗にまとまりすぎている感もあるが、巧みな構成だった思う。映画についての感想というより、コンラッドの活動履歴についての感想になってしまうが、いくつか思ったことを書き留めておく。

まず、1960〜1970年代に極めて重要な作品を多数制作したコンラッドだったが、彼にとっての1980年代から1993年にかけての時期は、どのような時代だったのだろう。それは少なくとも、映画作家としては混迷期だったと思う。この時代のコンラッドのビデオ作品は日本ではほとんど知られておらず、私も初めて見るものばかりだった。それは初期ビデオアートの焼き直しのような、中途半端な仕事に見える。しかも、大作であったはずの「監獄映画」の制作も思うように進まない。そんな時期に、「Tabel of the Elements」のハントはコンラッドにコンタクトを取り、彼に大きな転機をもたらした。すなわち音楽の側からの再評価の契機を与えたのである。コンラッドのディスコグラフィーを眺めてみよう(http://www.discogs.com/ja/artist/91947-Tony-Conrad)。ヤングが永久音楽劇場のテープを独占してしまったため、1993年に至るまで、世に出たコンラッドのレコードは、Faustとの共作である『Outside the Dream Syndicate』しかなかった。そのため、ハントやオルークのようなマニアが聴きたいと思っても、コンラッドの音楽になかなかアクセスできない、一種の疎外された状態が長く続いていた。そして、コンラッドのレコードが続々リリースされるようになるのは、ハントが『Outside the Dream Syndicate』を再発する1993年以降である。その余波として映画や美術の領域でも、今日に至るまでのコンラッドの再評価が及ぶことになる(私も、その流れのなかで、彼の映画と音楽に触れて来た)。2014年に出版した『Plus Documents 2009-2013』に収録の、オルークや牧野貴らとのトークセッションにも、これに関わる部分があるので引用してみよう。

阪本(S):そういえばジムさん、トニー・コンラッドと一緒に活動していたじゃないですか。
ジム(J):私はいつもトニーの手伝いをしていた。彼が何か欲しい(と言ったら)、「はい、それやります」と。
牧野(M):映画と音楽、どちらから好きになった? 美術でもあるし。
J:もちろん。トニーの作品そういうふうに扱う。映画か音楽、そういうふうに分けられない。
S:トニー・コンラッドの作品で最初に出会ったのは何でした?
J:もちろん、『Flicker』(1965)。長年、彼の映画は知っていた。あの頃は彼の音楽を聴くことが出来なかった。ファウスト(Faust)と一緒にやったのだけだった。見つけにくかった。多分、14~15年間探した。
S:トニー・コンラッドはずっとレコードを出してなかった。テーブル・オブ・ジ・エレメンツ(Table of the Elements)から、ファウストと一緒にやった『Outside the Dream Syndicate』(1973)の再発や、『Slapping Pythagoras』(1995)を出したのが久しぶりで、あの頃からまた演奏を再開した感じですよね。
J:いや、60年代からやっていた。レコードが無くても、よくライブをやってた。あの時、そういう音楽に関しての雑誌が無かった。あの歴史を読むことが出来ない。

オルークによると、ライブは1960年代から続けていたようだが、やはり1993年の転期に至るまでは、コンラッドの音楽には、なかなかアクセスできない状況が続いていた。似たような記述は、アメリカ実験音楽全体の話になるが、グラッブスの著書『レコードは風景をだいなしにする』の中にもあったように思う。この『Outside the Dream Syndicate』をめぐるエピソードは、過去と現在が等価に関係し合う、歴史の循環性を私たちに知らしめるものだ。思えば、ヤングがテープを独占したために発案することになった『Early Minimalism Volume One』もまた、失われたものを再現前させるという意味で、そのような過去との関わり方を実践するものだったのではないか。私には、彼の作家としての人生そのものが、過去と現在の循環によって成り立っていたように思えてならない。それは人間の時間感覚を解体するものとしての、彼の音楽や映画とも通じ合っている。資料価値の大変高いドキュメンタリー映画だと思うので、今後も上映の機会を拡げていってほしい。


最後に、オルークのライブと『Flicker』上映+灰野のライブについて簡単に述べておきたい。

ジム・オルーク+波多野敦子「トニー・コンラッドに捧げるライブ」:
オルークは(恐らく)ヴァイオリン、波多野敦子がヴィオラを演奏。エフェクター類は一切なく、マイクで拾われたそれぞれの楽器のサウンドが、そのまま卓上のミキサーでミックスされる。ミキサーにはWAVプレイヤーも入力されており、あらかじめ作り込んでおいた、多くの倍音を含んだドローンが鳴らされる。そのベーストラックの上で、オルークと波多野は、それぞれ高音域と中音域のドローンを演奏する。楽曲はインプロヴィゼーションではなく、二枚の楽譜として作曲されており、幾つかのパートを繰り返すことで、30〜40分ほどの演奏として展開された。特にオルークは、弓を駒の近くに当てて弾くことで、ノイズを多く含んだ物質的なドローンを発生させており、対して波多野はやや情感溢れる演奏に向かう傾向があったものの、中音域を堅実に支えていた。2008年に横浜トリエンナーレで観た、オルークとコンラッドのコンサートの記憶を呼び起こされた。

灰野敬二「フリッカー with 灰野敬二」:
コンラッドの『Flicker』の上映に合わせて、灰野敬二がハーディーガーディーを演奏した。まず断っておくが、灰野による演奏は、音楽自体としては大変良いものだったと思う。しかし、元々サウンドトラックがついている映画にライブ演奏を付け加えることの意義が、作品のコンセプト的にも、私には全く理解できなかった。作家本人がそのような上映を生前に認めていたのかどうかによるので、私の認識に誤りがあったならば、このレヴューを撤回して書き改めます。

UCLA映画テレビアーカイブ 復元映画コレクション『ザ・コネクション』@フィルムセンター

connectionフィルムセンターで開催されたUCLA映画テレビアーカイブ復元映画コレクションのプログラム枠内で、シャーリー・クラーク(Shirley Clarke)の『ザ・コネクション(The Connection)』(1961)が上映された。クラークは、1960年にジョナス・メカス(Jonas Mekas)の呼びかけにより発足したニュー・アメリカン・シネマ・グループのメンバーでもあり、初期には実験映画を制作していたが、その後、ドキュメンタリーや劇映画を制作するようになる女性作家である。そのクラークによる初の劇映画が本作であり、ストーリーは「ドキュメンタリー映画の撮影」というメタフィクションのなかで展開する。本作の原作はリヴィング・シアターによる同名の演劇であり、演劇版と映画版いずれもジャック・ゲルバー(Jack Gelber)が脚本を担当した。また、リヴィング・シアターの公演におけるキャストは、一部の配役は異なるが殆どそのまま映画のなかでも起用されている。さらに、映画では室内劇としてすべてのプロットを構成しており、その枠組みは極めて演劇的である。このことから本作を考えるにあたって比較対象となるものは、メカスによる『営倉(Brig)』(1964)であることはいうまでもない。メカスの『営倉』もまた、軍隊の営倉における非人権的な抑圧を描いたリヴィング・シアターの演劇を、セットを組んで撮影した映画である。『ザ・コネクション』と『営倉』、これらの作品のコンセプトは極めて近い。これらの作品が目論んだものとは、演劇とドキュメンタリーの越境であったというべきだろう。

次に、ストーリーを説明する。最初にメタフィクションへの導入として、字幕で「この映画は監督が放棄したフィルムを編集して完成されたものである」という旨が示される。そして、ジャンキー達が薄汚いアパートの一室にたむろしている様子が映し出される。その顔ぶれは、この部屋の持ち主である白人A、雑誌を読みふける白人B、黒人C、楽器を質屋に流した白人D、ピアノ奏者の黒人フレディ・レッド(Freddie Redd)、サックス奏者の黒人ジャッキー・マクリーン(Jackie McLean)、ベース奏者の黒人マイケル・マトス(Michael Mattos)、ドラム奏者の黒人ラリー・リッチー(Larry Richie)である(ジャズの演奏家4名は本物の演奏家であり、4名ともにリヴィング・シアターの演劇版にも出演している)。彼らはジャズと麻薬を題材とするドキュメンタリー映画撮影のために集められた。そして、彼らを撮影するのが、映画監督の白人と、カメラマンの黒人である。会話の内容から、映画監督は撮影のための彼らの麻薬代を負担したことがわかる。そして、彼らはドラッグディーラーである黒人の到着を今や遅しと待ちわびている。ジャンキー達のだらだらした無駄話の合間に、演奏家達はセッションを繰り返す。中盤になり、待ちわびていたドラッグディーラーがやってくる。なぜか彼の横には救世軍のシスターの老婆が同行している。皆は老婆の話を聞き流しながら、トイレで順番にドラッグディーラーから麻薬を打ってもらい、その快感に浸る。しかし、最後の白人Aにだけは麻薬の効果が現れず、彼は自分だけ量を少なくされたとドラッグディーラーを疑う。やがて、救世軍のシスターが部屋を去る。映画監督はドラッグディーラーに何か話をしろと注文をつける。彼は苛立ちながら、自らのリスキーな生活を吐露し、これで満足かと怒鳴る。そして、逆に映画監督に対して「ドラッグ映画を撮りたいのなら自分も麻薬を試すべきだ」と迫る。映画監督はこの要求を受け入れ、自らの身体で麻薬を試すが、その後作品の終わりに至るまで酩酊状態になってしまう。その一方、白人Aはしつこくドラッグディーラーに麻薬をもっとよこせと迫り、セッションのサウンドが鳴り響く中で、遂に大量の麻薬を自らの腕に打つ。それによって白人Aは意識を失い、皆で彼を介抱するはめになる。ここで「ドキュメンタリー映画の撮影」はお開きとなり、演奏家達は楽器を抱えて帰ってゆく。うなされている白人Aを取り囲んだ男達は、重苦しい空気の中に取り残される。映画監督は映画の製作を放棄し、カメラマンにフィルムを託すと述べる。最後に、レコードプレーヤーを抱えた奇妙な男が室内に入ってきて、ジャズのレコードをかけて映画は終わる。

以上がこの映画のストーリーであり、雑然とした会話を積み上げることで、ジャンキー達の袋小路のような生活と閉塞感を表現しているあたりは見事である。しかし、メタフィクションという仕掛けについては味付け程度で、設定上のカメラの位置関係を無視したショットも多々あり、全体的に作り物感が強い。しかし、このアンチ・リアリズム的な感覚こそが本作の醍醐味だろう。この作り物感は舞台上での演劇に通じるものがあり、やはりこの作品は、劇映画というよりも、演劇のドキュメントに近い。また、映画の進行に唐突に割り込んでくるフレディ・レッド・カルテットによる演奏も、音楽ドキュメンタリーのように、長いシークエンスをとって撮影される。演劇と音楽という異なる領域の表現を、メタフィクションという仕掛けを足がかりに、いびつなかたちで映画内で束ねた実験的な作品――本作は、そのように形容することが適当であるように思う。

ちなみに、作中のフレディ・レッド・カルテットは「Freddie Redd Quartet with Jackie Mclean」の名義でサウンドトラック『The Music from The Connection』を録音している(http://www.discogs.com/ja/Freddie-Redd-Quartet-With-Jackie-McLean-The-Music-From-The-Connection/release/2421541)。